大判例

20世紀の現憲法下の裁判例を掲載しています。

東京高等裁判所 平成7年(ネ)830号 判決

控訴人

有限会社マルシン

右代表者取締役

新海源四郎

右訴訟代理人弁護士

阿部正義

被控訴人

日本抵当証券株式会社

右代表者代表取締役

牧口德幸

右訴訟代理人弁護士

西坂信

山本昌彦

田中昭人

主文

一  本件控訴を棄却する。

二  控訴費用は控訴人の負担とする。

事実及び理由

第一  当事者の求めた裁判

一  控訴人

1  原判決を取り消す。

2  被控訴人の請求を棄却する。

3  訴訟費用は第一、二審とも被控訴人の負担とする。

二  被控訴人

主文同旨

第二  本件事案の概要

一  本件事案の概要は、次のとおり補正、付加するほかは、原判決の「事実及び理由」欄の第二項記載のとおりであるから、これを引用する。

1  原判決三頁一行目「原告は、」から同四行目末尾までを「本件は、被控訴人が、債務者エイチ・ティ・エフ豊(現商号・株式会社ユタカ・コーポレーション。以下「ユタカ・コーポレーション」という。)への融資金の担保であるユタカ・コーポレーション所有名義の土地並びに控訴人及び新海源四郎共有名義の土地上に新たに建物を建築した控訴人に対し、追加担保設定契約に基づき、またはユタカ・コーポレーションの右契約による抵当権設定義務の承継等を理由として、右建物について抵当権設定登記手続を求めている事案である。」に、同六行目の「平成二年三月ごろ、」の次に「控訴人所有の」を加え、同七行目の「以下」から同八行目の「ということもある。」までを「ただし、当時、同目録一の2、4及び5の土地は、平成二年九月分筆前の地番一九三番の五の土地であり、右分筆前の土地を「旧一九三番の五の土地」という。さらに、右同目録記載の一の各土地をまとめて「本件各土地」というほか、同目録記載の一の各番号を用いて個々の土地を『1の土地』のようにいうこともある。」にそれぞれ改める。

2  同四頁六行目の「貸し付けた(」の次に「以下、右契約を「本件融資契約」という。」を加え、同五頁四行目の次に行を改め、「(2) 本件融資契約上の債権の担保として1及び3の各土地並びに別紙物件目録記載の二の各建物(以下あわせて「本件旧建物」という。)に抵当権を設定する。」を加え、同五行目の「(2) 抵当権設定者は、」を「(3) 」に改め、同七行目の「登記手続をする」の次に「(以下、右特約を「追加担保特約」という。)」を加える。

3  同八行目冒頭から同六頁八行目末尾までを次のとおり改める。

「3 被控訴人は、ユタカ・コーポレーション所有の前記各土地及び本件旧建物のほか、控訴人及び新海源四郎(以下「新海」という。)の共有にかかる旧一九三番の五の土地についても、右同日、本件融資契約上の債権を被担保債権とする抵当権の設定を受け、その旨の登記を経由した。

なお、旧一九三番の五の土地は、同年九月七日、2、4及び5の各土地に分筆登記され、4、5の各土地には、同年一〇月一一日、ユタカ・コーポレーションを権利者とする地上権設定登記が経由された。」

4  同一一行目の「を新築した。」を「の新築に着手した。」に、同七頁七行目冒頭から同一〇頁四行目末尾までを次のとおりそれぞれ改める。

「1 被控訴人は、以下の理由で、控訴人は本件建物について、権利者を被控訴人とする抵当権を設定する義務を負う旨主張する。

(一) 追加担保提供の合意

控訴人代表者の新海は、被控訴人とユタカ・コーポレーションの前記二2記載の契約締結の際に同席し、被控訴人に対し、前記のとおり控訴人及び新海の共有にかかる旧一九三番の五の土地に抵当権を設定する旨約するとともに、あわせて、被控訴人との間で、ユタカ・コーポレーションと同旨の、右土地上の建物についての追加担保特約を締結した。

(二) ユタカ・コーポレーションの追加担保提供義務の承継

控訴人は、ユタカ・コーポレーションが、被控訴人に対し、本件建物が完成したときはこれに抵当権を設定することを約していたことを知りつつ、同社から本件建物を譲り受け、もって、同社の被控訴人に対する本件建物の抵当権設定義務を承継した。

(三) 仮に右(一)、(二)の主張が理由がないとしても、控訴人は、本件融資契約に基づく融資金のほとんどをユタカ・コーポレーションを通じて受領しており、また、右融資に対しての担保設定者であり、控訴人自身が承諾を得て建物を建てた場合には、被控訴人に追加担保として提供する旨約しているものであるところ、控訴人は、ユタカ・コーポレーションが被控訴人に対し、本件建物の工事完成後これに追加担保として抵当権を設定する義務を負っていることを熟知しながら、被控訴人の承諾を得ることなく本件建物の所有権を取得した。控訴人の右行為は、被控訴人に対する背信的行為というべきであり、本件建物について抵当権設定を拒むことは、信義則に反し許されないというべきである。

2 これに対し、控訴人は、(一)の合意、(二)の本件建物のユタカ・コーポレーションからの譲受けを否定し、(三)の主張を争うほか、被控訴人ら三社は、旧一九三番の五の土地については、分筆後の4及び5の土地に対して控訴人がユタカ・コーポレーションに対して地上権を設定した後に抵当権を設定することが合意されていたのに、先に分筆前の右土地に抵当権を設定してしまったものであり、また、ユタカ・コーポレーションに対し、本件融資契約後に2の土地の取得資金、4及び5の土地についての地上権設定資金とあわせて建築資金を別途融資する旨約しながら、これに違反して追加融資を実行しなかったため、ユタカ・コーポレーションが建物を完成させることができなくなり、控訴人においてやむを得ず急遽建築業者から本件建物を買い取ったものであるから、被控訴人には本件建物への抵当権の追加設定を要求する権利がない旨主張する。」

第三  争点に対する判断

一  前記争いのない事実等及び証拠(甲一、三の1ないし7、四ないし七、一三の1ないし11、一四、乙一ないし六、八、一二の1ないし12、一三の1ないし21、二九、三〇、証人岸根正次、同豊川忠先、控訴人代表者(ただし、乙四の記載、証人豊川忠先及び控訴人代表者の各供述中、後記措信しない部分を除く。))によれば、以下の事実が認められる。

1  ユタカ・コーポレーションは、平成二年三月ころ、1、3の各土地及び旧一九三番の五の土地を買収し同土地上の本件旧建物を取り壊した上、八階建ての建物を建築し、パチンコ店経営等を行う事業計画をたて、富士銀行に対し、右計画実現のための資金の融資を依頼した。富士銀行は、グループ会社の一社である被控訴人等に対してもユタカ・コーポレーションの融資依頼を伝えて検討を依頼した。富士銀行や被控訴人は、右各土地(合計約九二坪)の担保能力等の調査をし、同年五月一日、更地価格が合計三三億円(一平方メートル当たり一〇八九万円)であるとの評価を得られたことから、更地評価の七割の担保可能限度額の枠内で、富士銀行が右各土地に第一順位の抵当権を設定した上で一〇億円の限度で融資し、被控訴人が第二順位の抵当権を設定した上で一〇億円を融資することにし、さらにゼネラルリース株式会社において第三順位の抵当権を設定した上で一〇億円を融資することが決定され、富士銀行を介してユタカ・コーポレーションに伝えた。

2  その後、ユタカ・コーポレーションは、控訴人から、控訴人及び控訴人代表者である新海個人の共有にかかる旧一九三番の五の土地につき、多額の譲渡所得税がかかる取得後一年内の譲渡を避けるため、ユタカ・コーポレーションに対しいったん地上権を設定し、平成三年一月一六日以降に底地部分を譲渡することにしたい旨、あわせて右土地を三筆に分筆し、控訴人名義と新海個人名義とに分けたい旨提案された。ユタカ・コーポレーションは、富士銀行に相談した結果これを承諾し、平成二年六月一九日、控訴人及び新海源四郎との間で、1、3の各土地及び旧一九三番の五の土地の一部で後に2の土地として分筆登記予定の土地部分について代金一九億六三九八万九〇〇〇円として売買契約を、旧一九三番の五の土地の一部で後に4及び5の土地として分筆登記予定の土地部分につき、対価を一億五六四七万二〇〇〇円及び三億九〇三七万円として地上権設定契約をそれぞれ締結した。

3  被控訴人、富士銀行等の担当者は、同月二五日、ユタカ・コーポレーション代表者、控訴人代表者を集め、ユタカ・コーポレーションを債務者兼抵当権設定者、控訴人及びその代表者の新海個人を抵当権設定者とし、本件融資契約のほか、右契約による債権の担保として本件1、3の各土地及び旧一九三番の五の土地及び同土地上にある本件旧建物に抵当権を設定する等を内容とする「金銭消費貸借抵当権設定契約証書(抵当証券発行特約付)」と題する契約証書(甲一)を作成して、その旨の契約を締結した。右契約証書には、「債務者及び抵当権設定者は、被控訴人の承諾がなければ抵当物件である土地に新たな建物を建築しない。被控訴人の承諾を受けて建物を建築したときは、この債務の担保として追加し、ただちに登記その他必要な手続をとる。」旨の前記の追加担保特約の記載がある。

そして、ユタカ・コーポレーションは、別途、被控訴人に対し、本件旧建物を取り壊した後に事業計画に沿って建築することにしている建物に抵当権を設定するため、抵当権追加設定契約書を取り交わした上、抵当権設定登記手続に関する委任状を提出した。

4  被控訴人は、右同日、岩田薫司法書士(以下「岩田司法書士」という。)に対し、右抵当権設定登記等の手続を依頼し、右各土地及び本件旧建物に同日付けの抵当権設定登記を経由した。その後、岩田司法書士は、控訴人の依頼に基づき、同年九月七日、同年六月二一日の時点で受領していた分筆予定図面の指示どおり、本件旧一九三番の五の土地の2、4、5の各土地への分筆登記手続を行ったうえ、控訴人及び新海源四郎及びユタカ・コーポレーションから同年一〇月一九日付けの委任状の交付を受け、2の土地のユタカ・コーポレーションへの売買による所有権移転登記、4及び5の各土地への地上権設定登記手続を行った。

5  ユタカ・コーポレーションは、その後、本件旧建物を取り壊したが、予定していた建物建築の資金の手当てに窮するようになり、当初の事業計画の実現が困難になり、富士銀行等にも建築資金の融資を依頼したが、これを拒否された。ユタカ・コーポレーションは、平成三年七月六日、株式会社大友建設株式会社(以下「大友建設」という。)に対し、本件各土地上に、工期を同日から同年一二月六日として、完成時に支払うとの約で当初の計画とは異なる三階建て建物建築を請け負わせ、工事を開始させたが、その後も資金の手当てがつかず、右建物の建築を続行することができなくなった。

そこで、右建物完成前の同年一一月三〇日、ユタカ・コーポレーションに代わって控訴人が大友建設との間で、工期を同日から平成四年一月一〇日として右建物の建築の請負契約を締結し、建築を続行させた。しかし、右時期以降も、右建物の建築工事は、外観上、依然としてユタカ・コーポレーションを注文者として表示したままの状態でなされ、平成三年一二月三〇日ころ完成した。そして、控訴人は、平成四年一月一四日、右建物につき保存登記を経由した。

二1  以上の事実によれば、控訴人及び新海は、本件融資契約締結に際し、被控訴人が、1、3の各土地及び本件旧建物を右融資金の担保とし、かつ、追加担保特約を締結して一〇億円を融資することを認識したうえで、当時、控訴人及び新海の共有名義であった旧一九三番の五の土地をも担保に供するとともに、担保物件である土地上に建物を新築する場合には被控訴人の承諾を得ること、右新築した建物も右融資金の担保として追加することを約束したものである。なお、控訴人及び被控訴人は、右契約を締結した当時は、ユタカ・コーポレーションが新たな建物を建築し、これを担保に供することを予定し、控訴人が建物を建てることは当面予想されていなかったことは認められるものの、もとより被控訴人の立場から見れば、控訴人が建築した場合を除外する理由はなく、控訴人としても、このような被控訴人の立場を認識したうえで右追加担保設定の約束をしたものとみられるから、右のようにユタカ・コーポレーションの建物建築が予定されていたことのみをもって、右特約は控訴人が抵当物件である土地上に建物を建てる場合には適用されないということはできず、他に控訴人につき右特約の適用を除外すべき特段の事情も見当たらない。

2  これに対し、控訴人は、本件融資契約の際、被控訴人から本件追加担保特約の話はなく、契約書に記載のあることも知らず、右特約の合意はしていないと主張し、また、被控訴人からの一〇億円を含む三〇億円の融資は、1、3の土地の購入のための融資金にすぎず、後日、2の土地の取得代金、4、5の土地の地上権取得代金のほか新築建物の資金を追加融資してもらう約束があったもので、右追加担保特約は、ユタカ・コーポレーションが追加融資を受けて建てた新築建物を追加担保に供することを約束したものであるから、建物資金を追加融資しない以上、右特約の適用を主張することはできない旨主張する。そして、証人豊川忠先及び控訴人代表者は、右主張に沿う供述をし、右豊川忠先の報告書(乙四、二三、三五)、新海の報告書(乙二五)及び別件の供述調書(乙三二、三三)、ユタカ・コーポレーションの別件の準備書面(乙一六)にも、右と同趣旨の各記載部分がある。

しかし、控訴人代表者は、本件融資契約に抵当権設定者として臨み、本件契約証書に署名押印しており(甲一)、右特約が契約内容にならないと認めるべき特段の事情は見当たらないほか、前掲認定事実によれば、ユタカ・コーポレーションは、富士銀行に対し、本件1、3及び旧一九三番の五の土地を買収して右土地上の新築建物でパチンコ業を営むことを目的として事業計画書を提出して融資依頼をし、同銀行や被控訴人は、右融資依頼に基づいて融資額を検討し、決定したものであること、その後、旧一九三番の五の土地の売買の時期を遅らせ、いったんは地上権を設定することに計画が変更されたものの、単なる税金対策上の措置であり、基本的にはなんら契約の本質における変更がなく、当初の予定どおり、被控訴人、富士銀行他一社の融資がなされたこと、当時の計画からすれば三〇億円の融資金で敷地となるべき土地の取得のほか事業計画の実施に着手できるものであったことが認められるのであって、2の土地の購入資金及び4、5の各土地に対する地上権取得代金並びに新たな建物の建築資金を別途融資することを前提として、本件融資契約が締結されたことは認めるに足りない。前記各証拠は、前記認定事実に照らし採用できず、他に建物資金の融資が別途なされることを前提として追加担保特約をしたとの主張事実を認めるに足りる証拠はない(乙第一九ないし第二二号証は、いずれも控訴人代表者からその旨聞いているとの伝聞の内容にすぎず、採用できない。)。

3  なお、控訴人は、被控訴人は、旧一九三番の五を分筆した4及び5の各土地は、先に地上権設定登記をし、その後に抵当権を設定する約であったのに、これを反して先に抵当権を設定した契約不履行がある旨主張するが、前記のような地上権設定の経緯に照らせば、右主張の点は、本件追加担保特約に基づく本訴請求に対する抗弁として格別の意味をもつものとはいい難く、また、証拠(甲七、一三、一四、乙六、乙二九)に照らし、右主張事実は認めることはできない。

三 ところで、追加担保特約は、前記のとおり、抵当物件である土地上に抵当権者である被控訴人の承諾なく建物を建築することを禁止する一方、抵当権者である被控訴人の承諾を得たうえで建てた建物には追加して抵当権を設定することを内容とする条項であるところ、前記認定事実によれば、抵当物件である土地上に建築された本件建物は、控訴人が被控訴人の承諾を得て建築した建物ではない。

しかし、本件融資契約における右追加担保特約の趣旨は、抵当権の目的物である土地建物の担保価値を低下させる行為を禁止したうえ、担保物件である本件旧建物を取り壊して新建物を建てて右抵当土地を利用し得る利益を与えるために、債務者及び抵当権設定者に対し、新たな建物に対する抵当権の追加設定の義務を課し、新たな建物の建築に伴う法定地上権の発生又は事実上の土地占有による担保価値の減少を阻止したものであると認められる。したがって、右特約は、その文言にかかわらず、被控訴人の承諾を得ずに建築完成した建物については、被控訴人は、抵当権設定者の右違反行為の責任を問う余地は残っているものの、進んで右建物の存在を認めて抵当権の追加設定を要求することも当然にできるものと解するのが相当である。

そうすると、被控訴人は、控訴人に対し本件建物の抵当権設定登記手続を求めることができる。

第四  結論

以上によれば、被控訴人の本訴請求は理由があり認容すべきである。

よって、原判決は相当であるから、本件控訴を棄却することとし、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 加茂紀久男 裁判官 鬼頭季郎 裁判官 三村晶子)

自由と民主主義を守るため、ウクライナ軍に支援を!
©大判例